経営者は、どんな気持ちで神の前に立ったらいいのか

私は、ある神社の総代をしています。 そして毎年、伊勢神宮にも お参りをしています。 ブログを読んでいるうちに、 ふと経営者は、どんな気持ちで 神の前に立ったらよいのだろうか と思いました。 ご教授頂ければ幸いです。 今日は、このご質問に答えて ***************************** これは経営者の方に限らないのですが、 神様の前に立つときには、謙虚であること。 特に経営者の場合は、 「自分一人で神の前に立たないこと」 が原則です。 常に誰かを同行させる という意味ではなく、 「自分一人で神の前に立つときも、 常に会社を代表して立つこと」 これが大事です。 代表取締役・・というでしょう。 それは対人的な場面だけでなく、 神様の前でも同じことが言えます。 そして社員皆が、 日々無事に過ごせることに、 会社を代表して、まずお礼をのべます。 なるべく普段のお参りは、 感謝を中心にした方が良いでしょう。 この先は、一般にいわれる ご利益とは、異なる話になりますが、 せっかくのお尋ねなので、 経営者が神の前に立つときの 極意ともいえることをお伝えします。 私のところに来られている方で、 五年で五倍、十年で十倍に 売り上げを伸ばされた方が いらっしゃいます。 しかしこの方は、 「今月の売り上げを伸ばせるように」 といった祈願をしたことがありません。 「では、何しに行くのだ」 といわれそうですが、 それは 「神の意を経営に反映させるため」 「経営者としての魂を曇らせないため」です。 ここで(神様のいわれる)経営の原点に 立ち返ってみましょう。

「経営とは、天の理を 現実の世界で具現化すること」 利を求めない経営は、 あり得ませんが、 天の理に逆らう経営は、 世の中に害毒を流します。 人の生きる土台である衣食住、 通信や諸々の仕組み、 健康や学び、楽しみなどあらゆることを 天の意に沿って、 世の中に提供していくこと。 それが経営です。 だから自分の心が欲得で曇ったり、 ゆがんだりしては、 正しい判断が出来ないのです。 経営者は、つねに自分の中に 曇りない鏡を持ち続けること これが正しい判断をするのに とても大事ですが、 社会に出れば、 「清濁併せ飲む」という言葉があるように、 きれい事ばかりでは、 渡ってはいかれません。 しかし経営者が、それによって 自分の中にある鏡を曇らせたときには、 正しい判断は出来ません。 だから心を鎮めて、神の前に立つ。 自らの心を神の前では、 「明鏡止水の如く」といわれる 波一つ立たない鏡のような心、 そんな心境になる為に行くのです。 そして自分自身の魂も磨かれます。 まずは神様の意に沿った経営が、 どうか出来ますようにと 真摯に祈るところから始めて下さい。 *********************************** ◆ 神様のこと、神社参拝、神棚のこと  そして年中行事をはじめとする  日本のしきたりのことなどで、  分からないことやブログで  記事にして欲しいことはありますか?  ぜひお気軽にあなたの声をお寄せ下さい。  お待ちしています。 ご意見・ご質問はこちら

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