第2章 『地方の蘇り、大家族の蘇り』
小杉社長: 実は、私も五年前まで伊勢神宮へ毎年二月に約二十回近く伺っていました。しばらくぶりに北澤八幡宮の矢島宮司と伺おうかという話になっているところです。
藤原美津子: 二十年前のご遷宮の時にも、主人(前会長 故 藤原大士)と共に一年間伊勢神宮への月参りをしました。主人はその時に「ご遷宮で天照大御神様の御霊も新たな蘇りをなさられた。是非とも日本国中にこのご神徳が行き渡りますように」という思いを込めておりました。今回は私が代わって一年間お参りをしました。
小杉社長: 一昨年の十二月初めにお宮様の一つが遷宮なさった時と、今の宇治橋の架け替えの時に伺っています。地元の北澤八幡宮で名前だけの総代になっていますので、宮司に迷惑を掛けています。
対談
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小杉造園株式会社代表取締役 社長小杉左岐様対談
第1章
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第5章
『大家族の蘇りは、家の流れを生むことから』
藤原美津子: 先日の講演会で、来場の皆さんに「子供は独立して家を出て行くのが当たり前だと思っていませんか?」と問いかけると、ほとんどの方がそう思わざるをえないという顔をしていらっしゃるのです。
実は、「蘇れ日本人の会」では、子供が結婚しても、子供夫婦や孫たちと暮らす〝大家族の蘇り〟を提唱をしています。ところが今は、里にしてもどこにしても、地方がすごく寂れてきていると思うのですね。
若い人がどんどん都会へ行って、お年寄りばかりになってしまっています。
小杉社長: 私は職人の家に生まれました。職人の家というのは意外に厳しいもので、勤め人の娘だった妻がつとまるのかが一番心配でした。しかし、お陰様で、結婚してから四十五年。よく我慢してくれたなと、今感謝しています。
たくさんいる職人たちの面倒をみる大変な商売で、付き合いも多く、普通の勤め人の生活からは百八十度変わります。その苦労を息子のお嫁さんにさせたくないと思ったので、今は週に三日、朝から来て手伝ってもらっています。付き合いの方がまだまだ大変なので、少しずつ慣れてもらっています。
藤原美津子: その方が、自然に入られて良いのではないでしょうか。
小杉社長: お嫁さんの方からそうして来てくれているので、ありがたいことです。
藤原美津子: それは、お義父様たちがされていた〝お家の流れ〟を見てこられたからだと思います。 当会のある方は、早くにご主人を亡くし、子供さんたちと義理のご両親と暮らしていらっしゃいます。長男が小学校を卒業した頃、お母さんに「弟と二歳しか違わなくても跡取りとして育てるべき」と話をしました。
そして「あなたもご主人の親と本当の親子として繋がってください。必ずお子さんたちにも同じような流れが出来ますから」と言い続けたところ、この男の子には、早いうちから一家を背負って立つのだという気構えが生まれていました。
その弟は、兄を助けようと設計の学校に通っています。これも、跡取りとして家族を支え、弟たちの親代わりになろうとする兄の姿を見て、自然に育った思いでしょうね。
ですから、ご子息にしてもお嫁さんにしても、お父様方のお姿を見て自然についてこられたのではないでしょうか。
小杉社長: 私はむしろわがままな方なので、好きなことをさせてもらっています。昨日も伊豆の宇佐美に持っている森で、森づくりをしていました。
そこにはヒメシャラという、素晴らしい肌色をした幹の群生地があります。
ヒメシャラの林(再生中)
ヒメシャラは庭木として使われるため、現在は群生地がほとんどなくなりましたが、私どもの森には五十センチから二メートル五十センチくらいのものが一万本ほどあります。
それを五万坪の中に植えて、将来はヒメシャラの里にしたいですね。今の子供たちは緑に触れる機会が少なくなっているので、それを守ってあげようと思っています。
藤原美津子: こういう群生地が出来たらすばらしいですし、年月と共に育っていくというのがいいですね。
小杉社長: そうですね。下には、透き通った水流の川が流れていたり、泉もあります。将来子供たちがキャンプを出来ればいいなと思っています。
藤原美津子: きっと、土地がいいのですね。
小杉社長: でも周囲の人からは、分譲地にしたり、建売住宅にしたりして、利用しようと誘われます。私にはそういう能力がないので森づくりしているのだ、と言っているのですが…
藤原美津子: 本当はむしろその方が、後にもっと価値が出ると思います。人の心の宝ですから。 実は、小杉さんに最初にお会いした時、人の心に苗木を植えていかれるような方だという印象を受けたのです。
小杉社長: いや、本当に植木屋の職人なのでね(笑)。
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小杉造園の先代の遺作の滝庭の前にて
(左から、代表取締役小杉社長 小杉左岐様・小杉文晴様・蘇れ日本人の会 会長藤原美津子)
『地方の蘇りのために』
小杉社長: 昨日、伊東市を背負っておられる町の重鎮の方とお話したのですが、「伊東市の街の中でもたくさんシャッターが下りてしまっている、もっと地方に力を入れさせるべきだ」とおっしゃっていました。
藤原美津子: 地方では、JRの急行が停まる駅の駅前通りでさえ完全にシャッター通りになっていて、こんなに人気がなくなってしまうのかと少しショックを受けてしまいます。 今はこれだけインターネットが発達しているのだから、何も都会にこんなに集まらなくてもいいのではないかと思っているのですが。
小杉社長: ただ、それを人のせいにするばかりでなく、自分の工夫ももう少し必要だと思いますね。閉められる方にはもちろん、いろいろとご苦労はあったのでしょうけれど。
藤原美津子: 栄えるところは栄えますものね。
小杉社長: 知り合いに、烏山駅前通り商店街振興組合会長の桑島さんという方がいらっしゃいます。全国商店街振興組合連合会の理事長もされているのですが、やはりいろいろな知恵を絞って、商店街を発展させておられます。桑島会長さんにも勉強させていただいています。
こうした商店街の他にも例えば、別荘法のような法律を国が作って、地方に別荘を作った場合に何らかの恩恵を与えれば、裾野が広い建築業界なので、地方の発展に役立ちます。建物自体が、職人と関係が深いものですから。
今の若い人は、管理が大変だからと別荘を持たなくなりました。少しパソコンから離れて、ゆっくりと過ごすゆとり生活が必要ですね。政府がそこに力を入れて、皆が持てるようにすれば、地方の活性化にもなります。特に最近よくいわれる「再生」に地方自治体や建築業界が立ち上がっていけば、魅力ある田舎生活が可能だと信じています。
私は、富士のサファリパークの近くに小さな別荘を持っているのですが、そこは私の家(世田谷)から一時間半なのですよ。海抜千メートルですから、エアコンはいりません。ここは静岡の軽井沢なのです。もっと宣伝したい場所ですね。
藤原美津子: 反対に、地方の方が「なぜこんなところに来るの?」という言い方をするのはもったいないくらいです。小杉社長が、その場所を選ばれた理由は何かありますか。
小杉社長: やはりこれは、人との縁です。富士の場合はたまたま、私がお世話になっている会社の社長さんの別荘があったので、別荘の庭を見てくれと言われまして。私の自宅からちょうど一時間半のところに、こんなに素晴らしいところがあるのかと思いました。
藤原美津子: 土地の勘のようなもので決められたのかと思ってお尋ねしたのですけれど、ご縁を大事にしていらっしゃるのですね。