ホーム > 対談 > 対談-石山社中 十世家元 石山裕雅様と対談 第1章

素晴らしい日本人に訊くシリーズ

石山裕雅(いしやま ひろまさ) プロフィール

 

昭和46年、四世紀に亘り武蔵国に里神楽を相伝してきた無形文化財「武州里神楽」石山社中の十世嫡子として生まれ、八世政雄・九世大隅に勲陶を受ける。

 

「若山社中」丸謙次郎、長唄三味線・今藤長由利に師事。四世家元 若山胤雄に勲陶を受ける。能楽観世流シテ方・遠藤喜久に師事。

 

各神社、大河ドラマ、CM、歌舞伎座、国立劇場、全国各地の劇場、外国公演などに出演。CD、 DVDリリース。「石山裕雅の会」など主催公演多数。横笛演奏、講演会、執筆、神楽フードのプロデュースなど活動は多岐に亘る。

 

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神楽師を生き抜く

「伝統を引き継ぐだけでは、今に生きている意味がないのです」
 

「里神楽」石山家十世家元を継承する石山裕雅様、幼少より神楽を学んだものの、本人曰く「苦節十数年」。二十一歳の時、笛の名手との出会いによって、ようやく目覚めた魂が飛翔しはじめることとなります。現在、石山先生は日本の良き伝統文化を引く継ぐため、さまざまな試行錯誤を繰り返しています。伝統文化の深遠なる世界と芳醇なる魂、次世代へ継承していきたい心をじっくり語っていただきました。

対談

第1章 伝統を引き継ぐということ

藤原美津子: 以前、ご自宅に伺った際のお話がとても印象に残っています。

 

その後拝見させていただいた石山様の公演「里神楽の夕べ」も素晴らしかったです。幕の合間に、石山様が次の演目の説明もして下さったおかげで、より舞台が分かりやすくなりました。

 

代々受け継がれた「里神楽」を通じた、伝統を守る立場の者として、石山様は日頃からどんなことを考え取り組んでいらっしゃるのでしょう?

蘇れ日本人の会 会長 藤原 美津子

石山裕雅様: 神社の境内でお祭りの時などに神楽を観せていたのが「里神楽」の発祥です。もちろん今もそれがベースにありますが、これからの時代は、神社からの依頼だけでは先細りしていってしまいます。「攻めは最大の防御」と言われますが、どんどん新企画を打ち出していかなければならないと思っています。ですから、自ら劇場などで公演をしているのです。

 

また、おそらく「里神楽」も舞台だけでは将来的に厳しいでしょう。今私は「里神楽」の焼酎とか焼き菓子を地元でプロデュースしています。いずれは居酒屋なんかも作って、情報発信していきたいと考えています。

石山社中 十世家元 石山裕雅様

藤原美津子: それは楽しそうですね。観光客の方なども、それを目当てに訪れるようになるのではないでしょうか。

 

石山裕雅様: いえ、観光客というよりは、地域の方々を視野に入れているのです。

例えば、広島の安芸高田市には「神楽ドーム」があり、ドライアイスをたいたりする派手な神楽を毎日のようにやっています。完全に観光の目玉として、地域を挙げて温泉、宿泊付きで行われているのです。私一個人がそれに太刀打ちするのは難しいでしょうから、全国的な観光としては厳しくなる。

 

ですから、私としては、いろんな切り口で「里神楽」を知っていただき、なんとか舞台を観に来てもらう流れを作ろうと、「石山社中友の会」というファンクラブも作ってみました。多様なとっかかりがあって、その頂点にちょこんとあるのが舞台という位置付けです。そのような発想で取り組んでいます。

 

「里神楽」自体も、今を生きている私たちが演じているものですから、現代的なスピード感であったり、美意識みたいなものが加わって当然です。常に時代の息吹を取り入れ、変化していくのが伝統なのです。試行錯誤しながら、結果としてそれを守っていくことができればいいだろうと考えています。

 

藤原美津子: 石山様から以前伺った「伝統を引き継ぐだけでは、今に生きている意味がない」いうお言葉は大変印象に残っています。日本の伝統を引き継ぎ、次に新たな創作を加えていく、それは本当に素晴らしいことだと思います。

 

神楽の継承と観光

藤原美津子: 一般的には、宮中の「御神楽(みかぐら)」に対して、「里神楽」と呼ぶそうですね。例えば九州では高千穂の神楽が有名ですが、こういったものはどういう位置付けで、石山様の「里神楽」とどう違うのでしょうか?

 

石山裕雅様:先ほどお話した広島の神楽もそうですが、高千穂の神楽も、「郷土愛」というものに非常に密着しています。ですから、「高千穂神楽」という固有名詞が付いているのです。

 

一方、「里神楽」は全国どこの神社でも呼ばれれば行きます。ですから、特定の「○○神楽」ではなく、「里神楽」と言っているのです。江戸時代は、そういった神社で行う「里神楽」だけで十分生計が成り立っていました。月次祭が毎日のようにどこかであったわけですが、今の祭りは土日に集中していますし、そもそも月次祭というものが無くなってしまいました。

 

藤原美津子: それは氏子の方の為にもったいないですね。月次祭は、ひと月間に必要なものを神様から授かるお祭りです。ひと月はあっという間のようですが、計画性を持って、それが叶う為の力を月次祭で授かる人と、漫然とひと月を過ごす人では、人生において大きな差になってしまいます。私の所では、毎月の月次祭でそれをしています。

 

石山裕雅様:それは素晴らしいことですね。

 

私としては高千穂の神楽もいいのですが、以前、宮崎県西都市(旧東米良村)で観た銀鏡(しろみ)神楽が素晴らしかった。いくつもの山を越え、谷を越えて行かなければならないような秘境とも言える地で、まるで縄文時代がそのまま残っているような感じのお祭りでした。

 

また規模もすごいのです。村々の祠には神楽面が御神体として祀られており、年に一度のお祭りの時だけ、みんなでその御神体を担ぎ、お祭り会場まで長い距離を歩いて行きます。各村の人々が一堂に会すれば、神楽面の数は何十枚にもなります。これを一枚づつ着け、一人一人が順番に舞うだけで朝になってしまうのです。

神楽マニアの人などは毎年楽しみにしていて、地元の人々も毎年訪れる人は歓迎してくれます。やはり初めての人にはちょっと冷たい感じですね。郷土愛が強く、地域で十分祭りが成立しているから、お客さんを呼んできて欲しいという発想自体がない。マタギみたいな人が近隣の山に住む鹿や猪の首を捧げる様子は、血生臭くはありますが、まさに本来の「祀り」といった感じです。

 

藤原美津子:  今でも地域のお祭りが残っているのですね。まさに神事ですね。

 

石山裕雅様: 翌朝、澄んだ水の流れる河原で、捧げた鹿や猪を火で炙り、みんなで焼酎を飲みながら食べるのです。最高でした。

 

藤原美津子:  そのようなお祭りが続けられているということは聞いたことがなかったです。

 

石山裕雅様: ほとんど報道されていません。神楽の写真集を出しているようなカメラマンが何人か撮影に来るくらいです。

 

藤原美津子:  観光客の方がどっと訪れるようになれば、お祭り自体が壊れてしまうのかもしれませんね。みんなに知ってもらいたい反面…痛し痒しですね。

 

石山裕雅様: たくさんの観光客が入ると自然も壊れてしまう。観光スポットになり始めてきた地域では、喜び半分、憂い半分ではないでしょうか。屋久島もそうです。人々が経済的に潤うから良いと言えるかもしれませんが、自然とか、文化そのものの価値が失われてしまう。

 

 

藤原美津子:  後には何も残らなくなる、というケースがよく見受けられますね。

 

石山裕雅様: 神楽の継承と観光との両立も非常に難しい問題で、観光客向けにしかやらない神楽になってしまうのが怖いのです。観光客にウケるもの、観光客向けのショートバージョンをくり返しているうち、本来伝承してきたものが失われてしまう。

 

また、観光客向けの興行として成り立つようになると、今度はギャラが発生しないとやらなくなってしまったりするのです。つまり郷土愛が薄れてしまう。注目されているうちはいいですが、人が来なくなれば文化ごと全てなぎ倒され、何も無くなってしまう危険性があるのです。